何をしても、楽しくない。
仕事が終わっても、特にやりたいことがない。
休みになっても、何をしたらいいのか分からない。
昔はもう少し笑っていた気がするのに、最近は「面白いなぁ。」って心が動くこともない。
このままずっと、こんな毎日なのかな。
好きな事があるのにね、な~んにも面白くなくなちまったよ。
そんな時ってありませんか。
僕は大人になるにつれて、そんな絶望に絶望しまくりでした。
でも、今振り返ってみると・・・
「楽しいことがなかった」んじゃなくて、好きなことを自分の中だけで終わらせていたのかもしれません。
今日は、そんな僕のポンコツ探検話をお届けします。
好きなことをしているのに、人生は面白くないだと!?
好きなことは、いっぱいありました。
ゲームも大好きでしたし、休みの日にはバスケサークルにも行ってみたりしてね。
何時間も夢中になって遊んでました。
「好きなことをすれば、人生は楽しくなる。」
これは間違いない真理だと思ってた。
たしかに、ゲームをやっている時間は楽しい。
バスケしてる時もワクワクする。
でも、例えば、ゲームはクリアしたら終わる。
また次のゲームを見つけて、夢中になってクリアする。
もちろん、それだって楽しいんです。
だけど、その楽しさが終わると、またいつもの毎日に戻っていく。
「じゃあ、もっと面白いものを探せばいいのかな。」
そうやって新しいものを探しても、しばらくすれば慣れてしまう。
今思えば、ずっと「自分が楽しいこと」を探していたのかもしれません。
それが幸せってもんだと信じてたから。
自分が楽しいことが幸せでしょ、そんなの当たり前でしょ。
「それ凄いじゃん!!!」って褒められてもさ。
ゲームをやれば、人より進めるのが早かった。
バスケをすれば、「上手いね!」って言ってもらえることもありました。
「それ凄いじゃん!!!」
そうやって褒めてもらえたら、もちろん嬉しい。
でもねぇ・・・
プロになれるほどじゃないし。
もっと凄い人なんて、いくらでもいるし。
せっかく大好きなのにな・・・
凄くなきゃ意味がない。
って、自分で自分の「好き」を潰してたんです。
大好きだったはずのアプリゲームでも同じでした。
自分より詳しくて、お金もかけていて、めちゃくちゃ強い人たちと一緒に遊ぶ機会があり。
だけど、「弱っちい僕なんかが、一緒にやろうって声を掛けてもなぁ。」と参加できずにいたら。
「参加してないなら意味がない。」って、クビになりました。
悔しかった。
ふざけんなバカ野郎ですわ。
でも、誰より強くなることも、たくさんお金をかけることもできない。
じゃあ、こんな自分にできることってなに??
そう考えて、ゲームをしながら気づいたことや、調べたこと、面白かったことを、ひとつひとつ記事にしてみたんです。
好きなことは、自分の中だけじゃ勿体ないんだ。
もう素直に、お金もかけられない、そんなに強くもない。
そんな弱っちい僕なりのゲームの楽しみ方を、コツコツ記事にしていきました。
すると・・・
同じようなことで悩んでいた読者さんが、記事を読んで喜んでくれたんです。
そして、その人たちがまたゲームを楽しめるようになっていく。
それが、めちゃくちゃ嬉しかった。
ありゃ??
強くなくても詳しくなくても、楽しめるじゃないか。
こんなポンコツでも、好きなものは好きでいい。
そして、その「好き」を自分だけで終わらせず、
こんな楽しみ方もあるぞ!!!
って誰かへ届けてみたら、その人の「これ面白い!!!」にまで、巡っていくことがある。
自分1人でゲームを楽しんでいた時には知らなかった「好き」の続きがあったのです。
そうやって夢中になって書いていたら、いつの間にか、1日に1万人もの人がブログへ遊びに来てくれるようになりました。
でもね、1万人に読まれたことより、僕にとって嬉しかったのは。
自分が好きなものを誰かへ巡らせると、その人の『楽しい』が増えることがある。
という幸せでした。
ゲームがめちゃくちゃ強くなくてもいい。
プロじゃなくてもいい。
これ、好きなんだよね。
それだけでも、誰かへ届けられるものがあったんです。
好きなことって、自分が楽しんで終わりじゃなかった。
その先にも、まだまだ探検できる場所があったんです。
人生が面白くなったきっかけは、小さな楽しさから。
振り返ってみると、人生が面白くなっていったきっかけって・・・
大きな夢を見つけたことでも、特別な才能が見つかったことでもありませんでした。
弱っちいポンコツなりに、好きなことを。
同じように悩んでいる人のお役に立てたらいいなと、届けてみた。
本当に、それくらいだったんです。
そこから少しずつ、知らなかった人と出逢ったり。
今まで興味もなかった世界を覗いてみたり。
なんだこれ、面白ぇな(笑)
って笑うことが増えていきました。
今だって、競技かるたという知らなかった世界を探検したりね。
おじいちゃんが遺してくれた古い家を「夢降る隠れ処」なんて呼んで遊んでいたり。
(気づいたらここが夢のテーマパークになっていたり。)
最初から、こんな人生を思い描いていたわけじゃありません。
ほんの小さな「好き」の続きを1歩だけ覗いてみたところから。
少しずつ、知らなかった景色が巡ってきました。
僕たちの「好き」を待ってる人がいるからね。
だからね・・・
今、何も面白いと思えない。
何も楽しいと思えることがない。
そんな時に、無理して楽しいことを探さなくてもいいと思うんです。
僕もそうだったから。
好きなことはあったのに、
もっと凄くなきゃ。
こんなの何になるんだろう。
って、自分で自分の「好き」を小さくしてました。
でも、人生を変えるような大きな何かじゃなくていい。
いつか・・・
これ、ちょっと好きだな。
なんか気になるな。
ってものに巡り逢えたら。
自分の中だけで終わらせず、誰かに話してみたり。
「これ面白いよ!」って渡してみたり。
ほんの1歩だけ、その「好き」の続きを探検してみる。
僕はそこから、少しずつ人生に「面白ぇ」が増えていきました。
だから今、何も面白くないと感じていたとしても。
面白いものが何もないとは限らない。
まだ「面白ぇ」の続きを知らないだけなんです。
今は見えなくても、人生の「面白ぇ」は、まだ終わってませんよ・・・!!!
僕もまだまだ、探検の途中です。







