名人戦を越えて巡った夢―近江神宮で気づいた「未来型」

好きなことがあっても、詳しくないし、特別なものを持ってないし。
どうでなにをやってもダメ。

 

そう思いながらも、好きなこと、好きな人に素直になって・・・

 

探検してみると、かけがえのないご縁に恵まれることだってあるんだぞ。

 

そうやって巡ってゆくものが僕たちの・・・なんだ。

 

優しい想いが溢れてきたので、どうしてもここに巡らせておきたくて。
書かせていただきました。

 

 

正直に言うと近江神宮へ行くのが怖かった

京都駅に着くと雪が降っていて、
白く舞う雪を見ながら、
「あぁ、またここに来たんだな」と、
少し不思議な気持ちになりました。

 

去年も、同じ冬。
同じように京都を歩き、
同じように近江神宮へ向かったはずなのに。

 

今回は、胸の奥がざわついていませんでした。

 

体は疲れているはずなのに、
心はどこか静かで、澄んでいて。

 

海で表現するならば、
波立つというより、
海でぷかぷか浮かんで気持ち良いなぁ~って感覚でした。

 

近江神宮に着くと、空は快晴でした。
さっきまでの雪が嘘のように、
青空が広がっていて。

 

でも、そのあとまた雪が舞いはじめて。
晴れたり、曇ったり、降ったり。

 

まるで、競技かるたの名人戦・クイーン戦を観て・・・
ヒヤヒヤ、ワクワクドキドキする、
感情そのものみたいな空でした。

 

去年の名人戦では、
ポンコツな僕を夢に向かって背中を押してくださった
川瀬将義さんの「負け」という現実を、
どう受け取ればいいのか分からず、
悔しくて、ただ立ち尽くしていました。

 

今年は、違いました。

 

勝敗を見に来たはずなのに、
いつの間にか、
もっと別のものを受け取りに来ている
自分がいたんです。

 

このときは、まだ言葉にできませんでしたが、
あとから振り返ると──

 

ここですでに、何かが始まっていた。
そんな気がしています。

 

勝ったのに、泣いていた

名人戦が終わり、
川瀬将義さんが名人に返り咲いた瞬間。

 

会場は、拍手と安堵と、
張り詰めていた空気がほどけていくような、
独特な余韻に包まれていました。

 

正直に言うと、
そのときの僕は「やった!」というより、
フリーズしてカチコチでした。

 

去年、川瀬さんが負けた姿を見て、
どう声をかければいいのか分からず、
ただ立ち尽くしていた自分が、
まだ体の奥に残っていたのかな。

 

そんな中で始まった、
川瀬さんのインタビュー。

 

「去年は、情けない結果だったので……」

 

そう言いながら、
必死に言葉を選び、
必死にこらえながら、
それでも溢れてしまった涙が美しいのです。

 

応援してくれる人たちの期待に応えなきゃいけない。
支えてくれる仲間がいる。
自分ひとりの勝ち負けじゃない。

 

その全部を抱えたまま、
畳の上に立ち続けていた人の涙でした。

 

その姿を見た瞬間、
胸がぎゅっと締めつけられて、
気づいたら、僕も泣いていました。

 

勝ったのに、泣いている。
それが、どうしようもなく、
かっこよかった。

 

川瀬さんのお母様が、
「滅多に泣かないんです」と
静かに教えてくださった言葉も、
胸に残っています。

 

きっとこの一年、
誰にも見せない不安も、
誰にも分かってもらえない恐怖も、
たくさん抱えていたのだと思います。

 

それでも、
逃げずに、畳の上に立ち続けて、
夢を深めてきた。

 

その姿が、
去年の自分と、
どこか重なって見えました。

 

自分のために頑張るのが苦手で、
いつも誰かのために、
気づいたら必死になっているところもね。

 

だから、人目を気にせず泣いてました。

 

競技かるたをやっていない僕が、
畳の上で戦っていない僕が、

 

それでも、
確かに背中を押してもらっていたからです。

 

ポンコツもやらかしも優しく受け入れてもらうほどの夢

名人戦は、一瞬たりとも気を抜けませんでした。

 

札が飛び、
空気が張りつめ、
一進一退の攻防に、
胸の奥が何度もきゅっと縮む。

 

特に、名人へ返り咲いた四戦目。

 

「ここで決まるかもしれない」
「いや、まだ分からない」

 

そんな気配が、会場全体を包んでいました。

 

ヒヤヒヤして、
ワクワクドキドキして、
緊張感で身体が強張って。

 

……気づいたら、
僕は、寝ていました。

 

気を失った、という表現が一番近いかもしれません。
大爆睡です。

 

あんなに張りつめた空気の中で、
まさか眠っちまうとは思いませんでした。

 

でも今振り返ると、
それは「油断」でも「退屈」でもなくて。

 

それだけ、身体ごと、その場に委ねていたのだと思います。

 

海で言うなら、
必死に波を見つめていたら、
大きな魚くんが釣れてくれたような感覚です。
(意味不明だけども)

 

目を覚ましたときには、
勝敗はすでに決していて、
会場には拍手と安堵が流れていて。

 

あぁ、ちゃんと決まったんだな、と
眠っちまったのが嘘のようにパッチリ起きてました。

 

それでも不思議と、取り逃した感じはありませんでした。

 

それもきっと、
勝敗以上のものを、
すでに受け取っていたからだと思います。

 

そして、もうひとつ。
ここで、ポンコツ若旦那の話をさせてください。
(いつもこういう話ばかりだな)

 

実は、三回戦の「公開解説室」のチケット。

 

……買ったつもりでいたんですよ。

 

「うん、これは買ってある!!!」
と、なぜか自信満々だったのですが。

 

実際には・・・
買っていなかったんですよ。

 

完全にポンコツ発動です。

 

入口で気づき、「あれ?」となり、
自分の勘違いに心のなかで爆笑してました。
(おめでたい人だ)

 

でも、これも不思議なので。

 

その時間は・・・
境内をゆっくり歩いたり、
雪と空を眺めたり、
名人戦の余韻を身体に馴染ませたり。

 

結果的に、
その“空白”があったからこそ、
さっきの涙も、深く胸に残った気がしています。

 

ちゃんと計画できない。
ちゃんと観きれない。
ちゃんと起きていられない。

 

それでも、夢はちゃんと巡っていく。

 

むしろ、
力を抜いたところに、
大切なものが流れ込んでくる。

 

そんなことを、近江神宮で、
身体ごと教えてもらった気がしました。

 

勝敗の外側で、夢は続いていた

勝ったか、負けたか。
名人か、そうでないか。

 

近江神宮をあとにする頃、
それらとは少し違う場所に、
僕の気持ちはありました。

 

競技かるたをやっていない。
畳の上で戦ってもいない。

 

それなのに、僕は確かに、
ここで背中を押されていた。

 

それは・・
「頑張れ」と言われたわけでもなく、
「目指せ」と示されたわけでもなく。

 

ただ、
誰かが真剣に立ち続けた気配が、
静かに、こちらへ流れていた。

 

勝敗が決まり、
拍手が落ち着き、
境内に風が戻ってくる。

 

その中で、胸の奥に「ぽん」と残ったもの。

 

それは、何かを成し遂げようとする力というより、
自分も夢を歩き続けていていいんだという優しい想いでした。

 

同じ道じゃなくてもいい。
同じ畳に立たなくてもいい。

 

それぞれの場所で、
それぞれの速度で、
巡っていくものがある。

 

それが「夢」というものなんだ。

 

その巡りのなかで深め合って、
僕たちは夢の続きを生きてる。

 

近江神宮を離れる足取りは、
不思議と軽くて、
でも、確かに地に足がついていて。

 

その優しく力強い感じが、
何よりの贈り物だったように思います。

 

畳の上に、確かにあったもの

名人戦が終わり、
静けさが戻りはじめた会場で。

 

僕の中に残っていたのは、
勝者と敗者という
勝ち負けの世界ではありませんでした。

 

川瀬将義さん。
そして、自見壮二朗さん。

 

どちらが上だったのか。
どちらが強かったのか。

 

そんな言葉では、
とても包みきれないものが、
畳の上には確かにありました。

 

札が読まれ、
とてつもないスピードで手が伸び、
一音に、すべてを懸ける。

 

その一瞬一瞬に、
積み重ねてきた時間も、
迷いも、覚悟も、
すべてが滲んでいたからです。

 

勝ったから尊いのではなく、
負けたから意味があるのでもなく。

 

畳の上に立ち続けたことそのものが、
すでに、ひとつの答えであり、
みんなの夢だったんだと思います。

 

川瀬さんの、
背負いながらも立ち続ける姿。

 

自見さんの、
最後まで一歩も引かず、
真正面から向き合い続けた姿。

 

—2人とも、
最高にかっこよかったなぁ。

 

競技かるたをやっていない僕でも、
畳の上に立ったことがない僕でも、
それだけは、
はっきりと響いてきました。

 

ここにはもう、
誤魔化しようのない時間があって。

 

そしてその時間は、
誰かの夢を繋ぎ、
また別の誰かの足元を、
そっと照らしていく。

 

川瀬将義さん。
自見壮二朗さん。

 

素晴らしい時間を、
本当にありがとうございました。

 

2人のかっこいい背中は、
勝敗の外側で、
確かに、僕のこれからを照らしていました。

 

僕たちの夢は巡り巡っていく

こうして振り返ってみて、
近江神宮で受け取っていたものに、
ようやく名前がつきました。

 

勝敗の先に、
誰かの夢が巡り、
また別の誰かの足元を照らしていく。

 

僕が優しく感じていたのは、
そんな 「未来型」 の夢だったのだと思います。

 

かけがえのない宝物をいただいて、
夢降る隠れ処へ帰ってきました。

 

ありのままの自然が、今日も変わらず迎えてくれて、
何気ない日常が、いつもより少しだけ愛おしい。

 

目の前の課題はいっぱいあるなぁ。
無理だと感じることもたくさんだ。

 

好きな事を仕事にして、
生きていこうとするほど、
苦しい時だってあるもんだ。

 

でもね、好きになった人を応援したり、
好きな場所を探検したり、
逢いたい人へ逢いに行ったり。

 

そうして、ふと、ご縁をいただいた夢の繋がりが、
辛い時に、苦しい時に、
ふんわり背中を押してくれるから。

 

ポンコツでやらかしまくりでも、
好きな事を仕事にして生きていいんだ。

 

そこから巡り巡って、
夢が深まっていくのが、
愛おしくてたまらない。

 

だから今日も、
僕たちはそれぞれの場所で、
夢の続きを生きている。

 

さぁ、夢に素直になって探検していこうか・・・!

 

夢降る隠れ処の若旦那・探検家タガメのリョウ

2 件のコメント

  • 初めてこちらにコメントさせて頂きます。まりこんぶです
    とんでもない、良い試合だったのですね!!素晴らしいです!
    リョウさんのお気持ち、とてもよく伝わりました。寝てしまう程、不思議で神聖な空気…なんだか分かります。
    あぁ…それと、生意気なのですが…
    私はリョウさんのポンコツは、ポンコツではないと思います。素敵な個性では?(^-^)
    それを云われると、私もド・ポンコツです…
    私は難病で、してはいけないことが沢山あるのですが…
    今、まさに、やらかして、数日、寝込んでます…Xの投稿すらできないのに、今はリョウさんの文に感動して、ゆっくり打ってます
    その位、感動しました

    川瀬さん、ご自身の分析、凄いですよね…
    そして、対戦相手の自見さんの(ご性格は存じあげないのですが)名人、クイーン経験者が、『初名人、クイーンになった重圧は凄い…』とおっしゃっていたのを思い出しました。経験薄い社会人と、名人の両立…
    大変だったのでは?と思うと胸が痛くなります。しかも、ジンクス破りを経験され…(私はあのジンクスが大嫌いなのですが…)
    勝手に空想して。ごめんなさい。

    リョウさんの、ほっこり文に、いつも楽しませて頂いてます。
    最近ではXでしたが、ブルベリーの葉っぱ?で焼き芋するぞ…羨ましい…(^_^)

    そうやって、リョウさんの生き方で、楽しく時に苦しく
    文章を紡いで下さいませ!

    長々、失礼致しました。
    いつも、ありがとうございます!

    • まりこんぶさん
      はじめてのコメント、本当にありがとうございます。
      そして、こんなにも丁寧に受け取ってくださって、胸がいっぱいになりました。

      「ポンコツはポンコツじゃない、素敵な個性」
      この言葉に、思わず笑って、少し泣きそうになりました。
      ずっとコンプレックスだと思っていた部分を、
      こんなふうに見てくださる方がいることが、何よりの救いです。

      難病を抱えながら、それでもこうして言葉を届けてくださったこと。
      今、無理をして打ってくださっていること。
      その優しさと勇気に、僕のほうが背中を押してもらいました。

      探検できる体がある僕が、
      こうして動けて、感じて、言葉にできるのも、
      まりこんぶさんのような方がいてくださるからだと、心から思っています。

      夢降る隠れ処は、
      静かに休みたい時も、
      少し元気が戻った時も、
      ちゃんと一緒に在ります。

      どうか今は、無理なさらず、
      ゆっくり、あたたかく、お過ごしくださいね。

      こちらこそ、いつもありがとうございます。
      また夢の続きを、巡らせていけたら嬉しいです。

      夢降る隠れ処の若旦那
      探検家タガメのリョウ

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