どうも、探検家リョウです。
今回は、
人生で初めて流した悔し涙は最悪だった・・・
でも、どんなに悲しい過去も大切な思い出になって今がある。
というテーマでお話しします。
実は、寂しがり屋で人と接するのが苦手な僕でも中学はバスケ部に入ってました。
最初はバスケを楽しみたいという純粋な気持ちで始めて、でもいつの間にか誰かの期待に応えなくちゃいけない苦しい時間になってました。
そうして中学最後の大会、絶対に忘れられない悲しくて辛い出来事がありました。
でも、それがあるから今があって、大切な思い出にもなってくれる。
あなたにも辛く悲しい過去がありますよね。
そんな時、この記事が前を向くきっかけになってくれたら嬉しいです。
バスケットボールって面白そう!!!
僕が通っていた中学校は全校生徒1000人超えのマンモス校なんです。
こんなに生徒が多い中学って珍しいですよね(笑)
もちろん先生の数も多かったです。
そこでは、みんな色々と部活に入って、どの部でも結構な人数がいるんです。
何部に入ろうかワクワクも緊張もありました。
それまではスポーツを習った事はなくて、遊びや町内会でやってきたくらいで。
運動神経が良くないのは自分でも分かってました。
そんな中、僕はバスケをやってみたいってワクワクしたんです。
「バスケは身長ないとやっていけないよ!」
「先輩達を見たでしょ!?あんなに凄い人達の中でやっていけないよ!」
「ミニバスやってないのに大丈夫?」
周りからはそんな風に言われましたけど、もちろん僕にも同じ気持ちがありました。
初心者だしやっていけるのかなって。
でも、バスケをやってみたい!!!
何だか強烈に感じたモノがあったので、勢いでバスケ部に入りました。
バスケ部に入る男は、大抵はスラムダンクを読んでいるというのがあるあるです。
でも、僕は全く読んでいませんでした。
それで不思議がられた事もあります。
そうしていざ始めてみると、もう本当にドリブルもシュートもパスもできなくて(笑)
でも、それでも楽しかったんです。
ほんのちょっとずつ上達していく自分、昨日の自分から新しい自分になれた感じがして。
小さな上達を積み重ねて、始めてシュートが入った時は感動しました。
周りと比べて飲み込みは遅かったけど、ただただバスケが楽しかった。
これからもっと上手くなって、バスケを楽しみたい。
そう思っていたのですが、いつの間にか部活が嫌になっていて・・・
気づいたら何の為にバスケしてるのか分からなくなる
いつの間にか、僕の中でバスケは楽しいスポーツじゃなくなってました。
ただただ辛い部活動になっていて・・・
環境は凄く恵まれていたと思います。
後々プロになった先輩が2人もいて、他の先輩も凄くバスケが上手で県大会で優勝してもおかしくないチームだったから。
でも、そのレベルでプレーできない自分がいて。
何とか練習についていくのが精一杯で、どうやっても先輩に勝てなくて。
プロになった先輩は中学2年で185センチもあって、50m走を5秒9で走るし、中学生なのにダンクできそうなんです。
うわー、これが才能ってやつだ。
どうやっても勝てっこない。
そんな風にも感じて、徐々に一緒にバスケするのが怖くなりました。
恐怖はそこで終わらずに、先輩が引退して今度は自分が後輩を持つ立場になると、「後輩を引っ張っていけるようにならないと!!」ってなって焦りました。
こんなにバスケできない自分なんかがやっていけるのか。
そもそもちゃんとバスケを教えられるのか。
そのどちらもできなくて、でもチームじゃ1番身長が高かったからレギュラーになって。
そうすると、他にはもっと身長が高かったりバスケが上手い人達がいるから勝てっこないと感じて。
でも、先生からは期待されていて。
まだまだこんなもんじゃないだろと言ってもらえて。
チームが勝つために、先生や仲間の期待に応えるために。
そこに自分が存在しなかったんです。
気づいたら、バスケはただの部活動。
形だけでやってるようなもので気持ちが入らない。
家に帰ってゲームする方がずっと楽しい。
何の為にバスケしているのか??
厳しい練習、先生に怒られる、チームメイトとの温度差・・・
みんな本気でバスケやってるのに、僕だけ気持ちが入ってなくて。
ずっと1人だと感じてました。
あー、早くバスケ部を辞めたいな。
でも、辞めたら友達や親や先生になんて言われるか分からない。
とりあえず続けるしかないか・・・
そして、最悪の引退が待っていて・・・
心の底から「ごめんね」の涙が溢れた
そうして中学最後の大会は、2回戦で強豪校と当たりました。
凄いんですよ、その対戦相手のメンツが!!!
茨城の選抜に選ばれた同級生が2人いて、そのうち1人は185センチもあるんです。
もう1人は凄く上手で、他のチームメイトも175とか185センチあるんです。
・・・みんな大きいんです!!!
僕は170ちょっとだったので、何だか巨人を相手にしているようでした。
でも、仲間たちはそんな相手でも100%勝つ気持ちでいます。
勝つ気がないのは僕だけです。
そうして試合が始まると、かなり競った試合になったんです。
点差が開かずに、チームメイト達が一生懸命戦ってシュートを決める。
強豪校に勝てる・・・!!!
先生もチームメイトも、そう信じて戦いました。
たった1人を除いては。
僕だけは、勝つ気がなかった。
シュートを狙う気もなかった。
早く引退して楽になりたかった。
練習は辛いし、怒られてばかりだし、勝手に期待されるし。
楽しさもワクワクも無くて、周りの為だけにプレーする。
ドンドン自分が殺される。
だからもう、引退したかった。
その気持ちがプレーにも出ていたんでしょうね、先生からは「諦めるな!!!」と言われました。
そして、結果は惜しくも負けました。
これでやっと引退だ・・・
でも、周りを見て僕は何をやってるんだろうと感じました。
チームメイトも後輩も、みんな悔し涙を流して泣いている。
やめてよ、泣くなんて恥ずかしいじゃんか。
優勝候補に負けたんだからしょうがないよ、惜しかったじゃん。
違う、恥ずかしくてダサいのは自分だ。
試合後のミーティング、みんな泣いている中で先生は「よくやった・・・」と言ってくれて。
その声がかすれてしまっていたんです。
それくらい大きな声を出して僕達を鼓舞してくれた。
そう、みんな一丸になって絶対勝つという気持ちで戦った。
戦ってなかったのは僕だけ。
そこでシュートを狙っていれば、本気でやっていたら。
勝てるかは分からないけど、みんなと同じ涙を流せた。
・・・違う、僕が流したのは「ごめん」という後悔の涙でした。
みんなの気持ちを踏み潰した。
先生の期待にも応えられなかった。
そんな自分が大嫌いでかっこ悪くて情けなくて、みんなとは違う悔し涙を流した。
みんなは僕にも寄り添ってくれたけど、これは違う涙なんだよ。
裏切ってごめん・・・
みんなと同じ涙を流したかった。
とにかく自分が大嫌いになった。
これは引退後に母親から聴いたのですが、先生は僕に最も厳しくしていたそうです。
1番期待していたから。
ごめんね先生、期待に応えられなくて。
本当は大切にしてくれてたんだね。
そうして引退後は、バスケから離れました。
先生にはバスケ部が無い高校へ行くと伝えて、「何だ、お前はやらないのか・・・」と残念そうな顔でした。
もちろん、チームメイトにはこの話はしてません。
怖いから・・・
というのが、苦くて辛くて悲しい思い出です。
忘れたいけど忘れられない。
でも、これも1つのチャンスだなって感じるんです。
後悔も反省もある、この経験を今に繋げようって。
仲間もありのままの自分を大切に生きよう
ここで気づいたのは、僕自身も、僕と出逢ってくれた仲間も大切に生きようということです。
無理やり自分を封印してまで、全て周りの期待に応えるように生きなくていい。
まずは、本当に僕が大切にしているモノを表現してみよう。
そして、そういったありのままの自分を大切にしてくれる仲間がいたり出逢うから、みんなも大切にして生きよう。
自分を大切にできないと、周りのみんなも大切にできない。
今回の話を例にすると、先生もチームメイトも、僕が望んでバスケをしてないと分かったら無理にやらなくていいよって言ってくれたハズなんです。
怖いから、それを伝えていなかったのはあります。
そう言ったら嫌われるんじゃないかって。
本当はバスケが怖い・続けるのが辛い、そういった事を伝えておけば・・・
だけど、それは僕が先生もチームメイトも信じていなかったってことなんですよね。
きっと僕の気持ちを理解してもらえないって。
自分の気持ちを伝える自分も信じられてなかったし、伝える相手が理解してくれると信じられてなかった。
まさに、ありのままの自分も仲間も大切にできなかった。
だからこれからは、自分も仲間も大切に生きよう。
ありのままの自分を信じる、伝える。
伝える相手の事も信じる。
そうしていけば、お互いを理解して大切にして生きていける、素敵な人と出逢うことだってできる。
そういった人との出逢いが人生を楽しく幸せにしてくれる。
悲しくて辛い過去は消えないけど、今からどう生きるかは僕たち自身が決められる。
なりたい自分を大切に信じよう、出逢った人たちを大切に信じよう。
あなたも、ありのままの自分を大切にして素敵な人と出逢ってくださいね。
僕はあなたと出逢えて嬉しいですよ。
こうしてブログを読んでくれることが、何より嬉しいです。
いつもありがとうございます。
それでは、またお逢いしましょう。
探検家リョウより