「いたただきます」で命の大切さ・優しさをみんなが思い出せる

「いたただきます」で命の大切さ・優しさをみんなが思い出せる

「いただきます」を世界共通語にすれば、みんな自然と笑顔を取り戻してくれる
身近な命を大切にすれば優しい気持ちになれる

 

どうも、あなたの365日を夏休みにする
探検家タガメのリョウです

 

「いただきます」

 

そう言って、僕たち日本人は、食事の前に手を合わせますよね

 

僕は、その奥で命への感謝があるんじゃないかと思って
それは、人間本来の優しさ、命に対する感謝でもあると感じました

 

「いただきます」は命への感謝

僕は食事の時、お米とか肉などを食べているのですが

 

その時にふと、「このお米や肉はどこから来て、僕に食べられるんだろう?って考えたりします

 

お米なら、田んぼで根を生やして成長していって、そうしてお米ができて
そこから精米機にかけられて、スーパーに並んで
そうして僕の元へ届く

 

肉なら、例えば豚肉なら
牧場から食肉加工工場で加工されて、豚は命を落として
それがスーパーに並んで
そうして僕の元へ届く

 

そうやってお米や豚の事を想像すると、

 

「ありがとう、僕の一部になってくれて、 お前の分まで生きるよ」
「いただきます」

 

そういって手を合わせて食事をするのが、命への感謝じゃないかと僕は感じます

 

この「いただきます」ですが、日本以外の国はこういう習慣が無いのかもしれない
それは価値観による違いかもしれないですが・・・

 

でも、「何かを食べる」=「命を食べる」という事になるので
「いただきます」が世界共通語になれば、命に感謝して優しい気持ちを思い出すと
そう僕は考えています

 

僕達の周りは命で溢れている

命と聞くと、動物や植物などを想像しますよね

 

でも、僕達の周りにはたくさんの命で溢れていて
それがとても素敵じゃないかと思うんです

 

例えばですね・・・

 

今僕は、こうしてパソコンで記事を書いていますが
そのパソコンは木のテーブルの上にあるんです

 

この木のテーブルにも命が宿っているのだと感じます

 

そもそも木は、このテーブルになる前は、山で生い茂っていた

 

山で伐採される→テーブルに加工される
そうして今、僕の前にいてくれる

 

木だって命があります
だから、その木を加工して作られたテーブルも一緒じゃないかと

 

もっと言うと、家に使われている木も命があり
ダウンジャケットに使われているダウンも動物の毛が使われている

 

そう感じると、僕達の身近には、大切が命があります
そこに感謝できて優しくなれるのも、人間の素敵な部分だと思うんです

 

ありのままの命を感じると優しくなれる

僕の周りには、父と母がいます
庭には草木がいて、近所の猫が来たり、アリが行列を作っていたり

 

みんな素敵な命が、僕の周りに溢れています

 

でも、社会に出て行って、みんなを見ると・・・
それがちっぽけな命で、その素晴らしさを忘れてしまっているのではないかと

 

あなたも、子供の頃を思い出してみてください

 

外に出てアリを観た時、夢中で観察していませんでしたか?

 

アリの近くに砂糖を置いたら、何匹かのアリで一生懸命になって、その砂糖をアリの巣へと持ち帰っていく
その姿が可愛いとか、感じませんでしたか?

 

みんな子供の時は、そうして純粋に命の楽しさ素晴らしさを感じていました
だからこそ、優しく純粋な気持ちでいたのだと思います

 

それは、本当に素敵で素晴らしい事なのに
大人になるにつれて、その気持ちが薄れてしまっている・・・
それが僕には本当に残念に感じています

 

身近にある命に感謝できれば、みんなが笑顔になる
何も特別な事は必要じゃなくて、ありのままの命を感じられる事が、僕達人間の優しさだと僕は感じています

 

という事で、あなたの身近にある命を、ちょっとでも感じてほしいと思います
そして、あなたがちょっとでも子供の頃の優しい純粋な気持ちを思い出してくれたら、僕はとても嬉しいです

 

それでは、ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

 

365日が夏休みの生活をあなたへ

 

探検家タガメのリョウより