いただきますをなぜ言うの?その意味を感じると全ての命へ愛情を込められる

どうも、探検家リョウです。

 

今回は、

僕たちは、なぜ「いただきます」って言って手を合わせるのか・・・
その意味を感じる時、温かい感謝の気持ちが生まれていく。

というテーマでお届けします。

 

僕たち日本人は、食事の前に必ず「いただきます」って言いますよね。
子供の時からずっと、気づいたら手を合わせてそう言っている。

 

この言葉って、実はとても素晴らしくて温かくて尊い言葉なんだと知っていましたか??
生きていくうえで本当に大切なことがギュッと込められているんですよ。

 

え、リョウさん、いつものブログ関連の事と関係ないじゃん・・・

 

そう感じるかもしれませんが、「いただきます」はブログで成功していくためにも大切な日本の文化なんです。

 

この言葉が、どれだけ尊いか素晴らしいか、お届けできたら嬉しいです。

 

 

いただきますは全ての命へ感謝する為の素敵な言葉です

食事する前に「いただきます」というのは日本特有の挨拶で、全く同じ意味の言葉は外国のどこを探しても見当たらないのです。

 

それは、全ての「命」に感謝する為の素敵な言葉です。

 

動物も魚も野菜も果物も、僕たちは美味しくいただいて生きてますよね。

 

そう、僕たちは食べないと生きていけない。
それで、食べるというのは命をいただく(奪う)ということです。

 

この地球に生きていて、他の生物に食べられずに生きているのは僕たち人間だけです。

 

魚だって動物だって植物だって、みんな他の生物に食べられています。
そんな過酷な自然界で一生懸命に生き延びて子孫を残しているんです。

 

だからこそ、僕たちに食べられる魚や動物や野菜に、感謝の気持ちを伝えるために「いただきます」と手を合わせるんです。

 

魚や動物や野菜の分まで、君たちが生きられなかった命の分まで一生懸命に生きるからね。
僕たちの体の一部になってくれて、本当にありがとう。

 

そういった、厳しくも温かくもあるのが「いただきます」に宿る意味なんです。

 

それで、僕なりに命をいただくことを感じてみたんです。

 

僕だったら絶対に食べられたくないし生き延びたい

僕は、山で山菜を採ったり、海で魚を釣ったりして探検して生きてます。
そう、隣にはいつも実に様々な「命」があるんです。

 

それで、山菜も魚も、僕にその命を食べられているんですね。
体の一部になってくださっているんです。

 

僕が山菜や魚として生きていたら、絶対に人間に食べられたくないのです。
死にたくない、なにがなんでも生き延びたいです。

 

だからこそ、「出逢ってくれてありがとう」って感謝の気持ちも生まれます。

 

こちらは「コシアブラ」という山菜で、山を探検して採ってきます。
まだ芽が出たばかりの生まれたての赤ちゃんのような状態が、最も美味しいのです。

 

そうして採れたコシアブラたちは、天ぷらにして美味しくいただきます。

 

でも、コシアブラからすると、芽が出たばかりでこれからなのに食べられるなんて嫌だと感じるかもしれない。

 

新しい命が生まれる瞬間を、僕は美味しくいただいているんです。
だから、「いただきます」と手を合わせて感謝する。

 

または、海を探検して「スズキ」という魚を釣る時もあります。

 

スズキ君からすると、美味しそうな餌だと思って食べたらそれがルアーで、針に引っかかって水中から引きずり出されてしまいます。

 

だから、必死に暴れまわって何とか針を外そうとするんです。

 

そうして釣り上げたスズキ君も、美味しくいただいてます。

 

・・・うん、僕がスズキ君だったら絶対に釣られたくない。
見たこともない感じたこともない水の中じゃない世界なんて、怖すぎる。

 

そんな中、僕のルアーに釣られてくれた。
魚とのファイトは言葉じゃ説明できないワクワクドキドキもあって、夢のひと時をありがとうという気持ちもあります。

 

出逢ってくれてありがとう、美味しくいただきます。

 

こうやって、野菜も魚も動物も、みんな本当は生きたいのに僕(あなた)に食べられている。

 

だからこそ、その命の分まで一生懸命に生きよう、「ありがとう」という感謝の気持ちも生まれます。

 

そう、僕たちはいつだって一期一会なんだと、1つ1つの出逢いを大切に生きようってエネルギーをいただけます。

 

ブログだって「いただきます」の精神を大切にすると成功していける

そこで、ふと思ったんです。

 

ブログにだって「いただきます」 と同じ感謝の気持ちを込めるのが大切じゃないかって。

 

僕たちのブログに来てくださった、大切な1人1人の読者さんがいてくださる。
これからも来てくださる。

 

数あるブログやサイトの中から、僕たちを選んで出逢ってくださったんです。

 

それはまるで、必死に生き延びて僕たちと出逢ってくれた魚や動物や野菜のように・・・

 

読者さんは人間として出逢ったという、大切な1つの命です。

 

みんな生きているんです。
それ自体がもう、とてつもなく尊くて素敵で素晴らしいことだと思いませんか。

 

それで、生きているうちに人と人が出逢う確率ってめちゃくちゃ低いのですね。

 

約0.04%。

 

これが、僕とあなたが出逢った確率です。
僕たちと読者さんが出逢う確率です。

 

この奇跡を大切にして生きよう、「いただきます」と同じように出逢ってくれたありがとういう感謝の気持ちをお届けしよう。

 

その想いでブログ記事を書いていったら、いつの間にか1日15000アクセスを達成した時もありました。

 

15000回もの奇跡に、今でも感謝しています。
みんな、僕と出逢ってくれてありがとうね。

 

なんかこう、この世の中を生きていると、時には苦しくも辛くもなりますよね。

 

ネガティブな情報に引っ張られたり、誰か何かと比べて自分を見失ってしまったり。
もちろん、そういう時もあります。

 

でも、それでも、僕たちは生きているんです。
「いただきます」って言えるんです。

 

色々な命に出逢って感謝することができる、命を温かさを感じられるのって、食事の時もブログ記事を書く時でも一緒じゃないかって感じるんです。

 

・・・うーん、こうしてブログ記事を書いているけど、文章で伝わるかどうか不安もあります。
僕は不器用でまだまだだなぁって思うけど、だからこそ伝えないと。

 

「いただきます」って命に感謝して言える僕たちは、魚や動物や野菜、読者さんとの1つ1つの出逢いだって大切に生きていけます。

 

そうなっていく時、本当に大切なモノが見えてくる気がするんです。

 

数字とか、お金とか、一時的な高揚感とか、そういったモノじゃない。
魂から湧き上がってくるマグマのようだけどほんのり温かい情熱みたいな。

 

それが何なのか、今ばフワフワしていてハッキリ見えないかもしれない。
でも、一生懸けても見つけるべき宝物だというのはハッキリ分かります。

 

あー、言葉じゃ上手く伝えられないな。
でも、何か大切なモノが響いてくれると信じてお届けしました。

 

それでは、ここまで読んでくださってありがとうございます。
またお逢いしましょうね。

 

探検家リョウより